バスーンニスト垂涎の銘ボーカル"プリ・ウォー"は「完全」ボーカルか!?
三木 | 完全なボーカルというのは存在しないのでしょうか? |
田中 | ある人にとって完全なボーカルが存在すると言うことはできますが、絶対的な意味で完全だということはできません。
例えば、CCを吹いていた人がBDを同じリードで吹くととんでもない反応が起きてきます。その逆もそうです。だからこれはリードとの相互のコンビネイションによって考えられるものです。 ボーカルには神話めいたものがあります。代表的なものが「プリ・ウォー」という、第2次大戦前のボーカル。ヘッケル製造番号で言えば6千番から9千番の終わりにかけて作られたバスーンについていたボーカルです。これを最高だとしている人もいます。確かに事実いろいろと幅広い可能性をもったボーカルです。 このボーカルは洋銀で、当時チェコのある地域で作られました。現在は作られていません。内径を見ると現在のCCより少し広めになっています。Bほど広くはありません。性能(性質・キャラクター)で言えばBとCの中間にあたります。現在の新しいCCのボーカルを吹いている人がこのプリ・ウオーのCCを吹くと、まず第3オクターブのE、F、F#が非常に楽にとれます。しかし低音域ではまとまりのないような感じがします。音のフォーカス(焦点)が定まらない感じがするのです。ちょうどBを吹いた時と似たりよったりの反応が得られると言えばよいでしょうか。 B系統の人がこれを吹くと、この方がまだ合っています。Bの方により近いですね。 プリ・ウォーのCCというのは、使っている人はこれの良さにとりつかれるとなかなかこのボーカルから離れられません。つまり内径がCとBの中間であるため、十分に調整されたリードがあれば、二つの良い面を取り込むことができる可能性があり、このボーカルを最高のボーカルとはっきり断言する人もいます。しかしあくまでも、完全なボーカルというのはその人にとってのもので、他の人に適応するとは限りません。 以前、僕は、有名オーケストラのバスーン奏者たちがどんなボーカルを使っているのかを調べてみたことがあります。その一部を表に掲げておきます。アメリカの代表的なオーケストラ、ボストン交響楽団には4人のバスーンニストがいますが、彼等のボーカルとヨーロッパの代表的なオーケストラ、アムステルダム・コンセルトヘポウの5人のバスーンニストのものと比較してみましよう。ここにはあらゆる番号が登場します。 コンセルトヘボウのブライアン・ポラードはBBDの2番、銀メッキで、ギディオン・ブルーク・タイプの曲がりをもつボーカル。これに対してもう一人のソロのヨープ・ターウェイはCの一番。ボストンのシャーマン・ウォルトはプリ・ウォーのCCの一番。セカンドのローランド・スモールがCの一番。Bも多く、ルジェロ、プラスター2人ともBです。 コンセルトヘボウは、伝統があることに加えて非常にオールラウンドでオーソドックスなオーケストラで、ボストンと同じくその音はよくとおり、メリハリがはっきりしています。どちらも有名なバスーンニストのいるオーケストラですね。 |
奏者名 | ポジション | 使用楽器(製造番号) | 使用ボーカル |
Sherman Walt | Principal | Heckel 10,000シリーズ |
CC-No.1 (pre-war) |
Matthew Ruggiero | Assistant Principal | Heckel 10,000シリーズ |
B-No.1 |
Roland Small | Second | Heckel 11,000シリーズ |
C-No.1 |
Richard Plaster | Contra | Heckel 12,000シリーズ |
B-No.0 |
奏者名 | ポジション | 使用楽器(製造番号) | 使用ボーカル |
Brian Pollard | Principal | Heckel 11,000シリーズ |
BBD-No.2 Brook Type |
Joep Terwey | Principal | Heckel 10,000シリーズ |
C-No.1 |
Kees Olthuis | Second | Heckel 11,000シリーズ |
CD-No.1 |
Jos de Lange | Second | Heckel 5,000シリーズ |
C-No.1 |
Guus Dral | Second & Contra | Heckel 10,000シリーズ |
VCDE-No.1 |
字(レター)に見る製造年代
三木 | 昔のものと今のものとを見較べてみますと、ボーカルに打ってある数字やアルファベットの大きさ、その位置が違っているようですが、これは? |
田中 | 作られた時期によって違ってきますね。まず、プリ・ウォーの場合は材質の説明がありません。コルクの上の部分にアルファベットが打たれてありません。ほとんどのプリ・ウォーは、ボーカルの先端に近い、ほぼまっすぐになった部分に打たれています。それと終戦直後に作られたものにも材質に関する字が打たれてないものがあります。
他の新しいものには、いろいろな字のタィプがあります。約3年ほど前から、ヘッケル社はこの書体を変えましたが、どれもボーカルがカーブするその曲がりぎわにつくのが普通です。例外的なものは僕自身これまで数本しか見たことがありませんが、中にはカーブしている部分に打たれた珍しいものもあります。これは今のタィプより古く、プリ・ウォーよりは少し新しい時代のものなんです。この時代のボーカルが非常に良いという人も何人かいます。こういった字の位置、ないしは書体の違いは、その時代の職人の違いから来るものではないかと思います。 |
三木 | プリ・ウォーのボーカルは、それが作られた時代の楽器に一番合うのですか?それとも新しい楽器につけても変わらないのでしょうか? |
田中 | 楽器とボーカルよりも、ボーカルとリードのコンビネイションの方が大切ですね。ボーカルはキャラクターの強いものなので、これが楽器の鳴りすべてを支配してしまうと言うこともできます。
シャーマン・ウォルトの楽器は1万番代の楽器ですが、彼はプリ・ウォーのCCをつけて吹いています。これとは逆に、昔の6千番、7千番、8千番というヘッケルに現在の新しいヘッケルのボーカルをつけている人もいます。 |
「BはCに較べて細いタイプなので高音が出やすい − これは一般的誤解の最たるもの」
ボーカルの迷信