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ボーカルの修理法
三木 ポーカルは常に清潔に、ということでしたが、ボーカル内部の掃除の仕方で注意すべき点は?
また、取り扱いや修理などについても教えていただきたいものです。
田中  汚れのほとんどは細い部分に溜まります。僕は3週間か4週間に一度、ブラシかパイプ・クリーナーで掃除しています。お湯の中にある程度つけておけば、自然に中の汚れは出て来ますから、後は軽く専用ブラシやパイプ・クリーナーでこすれば良いわけです。オクターブ用の穴も、詰まらないように時々針で掃除をします。
   取り扱いで最も重要なことは、ボーカルの持ち方ですね。持ち方が悪いと曲がったり割れたりすることがあるので注意して下さい。一番安全確実な持ち方はこのように(写真参照)ボーカルがカーブする弱い部分に負担がかからないように、全体に下から添えて持つような形にします。

 次に、ボーカルを楽器に挿入する時、ノーマルな普通の気候の時はコルクの部分をツバで濡らしてから挿入します。湿度が高くなってきつくなった時はコルク・グリースを塗ります。また吹かない時は、5分でも10分でもボーカルを抜いておいた方が良いですね。

 修理についてですが、一番多いケースが割れの修理でしょう。最も割れやすい部分はクルークのオクターブ・ホールの上5p位のところ。曲がりが一番きついところです。この部分は金属が非常にアンバランスになっています。なぜなら、ボーカルを作る時はまず、板を丸めてパィプ状にまっすぐになったものの中に鉛の一種を詰めて曲げるわけですが、曲がった外側は伸びるために厚さは薄くなるし、内側は押し合わされて金属が寄ってしまっているからです。
 割れを修理する方法はいろいろありますが、最近の方法では「ツギ」を当てず(昔は割れた部分に板を当ててハンダでとめていました)、もう一度つけ直す方法があります。僕自身この方法で古いボーカルを修理してもらったことがありますが、しかし僕の経験から言うとこれはあまりお推めできません。と言うのは、特に大きな割れの場合は、つける(割れをふせぐ)時に内径が変わってしまうからです。広くなってしまうか、逆に狭くなってしまうかで、いずれにしろ正確に元の状態に復元することは不可能です。見た目にはきれいに仕上りますが、この修理法ではボーカルの性能が変わってしまいます。
 僕個人がお推めできる修理法は次の方法です。ヒビの上に、リードを組み立てる時に使うワイヤー(真鍮のハリガネ ‐ 番号で言えば22番程度のもので大体0.6から0.7oぐらいのもの)を、ボーカルのヵーブに添って曲げて、ヒビの上にハンダづけする - この方法が今のところ僕は一番成功しています。このやり方では、よけいな重みをつけることによって生じる変な抵抗感もなく、キャラクターを損わずに修理できるのではないかと思います。


ボーカルを削る!

三木 例えばフルートやクラリネット、それに金管の人たちは自分でマウスピースを削ったりすることがありますが、バスーンのボーカルを削ることは可能でしょうか?
田中 可能です。しかし他の楽器のマウスピースほどには直接的な影響はあまり出て来ません。
 僕の場合は、先端部分の肉厚に自分用のメジャーをもっていまして、それに合わせて厚さを調整しています。しかしこれは薄ければ良い、と言っているわけではありません。また、先端部分の内径が違うボーカルは、それに合った厚さ、角度に削られなければなりません。
 また、オクターブ・ホール(ピアニシモ・キイのホール)、つまり倍音を出すボーカルの穴の大きさを変えることもあります。僕は少し変えています。僕はソフト・リードを吹く関係から、反応を早くするために大きめにしていますが、これとてもやみくもに大きくすれば良いというわけじゃありません。いずれにしても、ボーカルの先端や穴の大きさは、ボーカルの性能をそれほど大きく左右するものではありませんね。まあ、手を加えるとしたら、よほど経験を積んでからじゃないと危険です。


僕の使用ボーカル

三木 田中さん御自身はどんなボーカルを使っていらっしゃいますか?
田中  ウチのオーケストラはピッチがA=440ですので、2番のCC、プリ・ウォーを使っています。これはオケ用です。ソロ用には別にもう一本ありましてこれも2番のCC、プリ・ウォー。ただしキャラクターがオケ用とは全く違います。
 他にもう一本変わったボーカルがあります。ランゲという人が19世紀の終わり頃に作ったもので、ヘッケルのコピーです。ヘッケルの職人を売収して作らせたというボーカルで、自分のメーカーの名前をつけています。実際はヘッケルのプリ・ウォーと全く同じものです。ランゲはこのことでヘッケルに訴えられ、刑務所に入ってしまったとか(笑)。このボーカルはメッキなしですが、僕は銀メッキをして使っています。
 プリ・ウォーは、後で手が加えられたものでない限りニッケル・メッキです。時々、それにシルバーの音色が欲しいと思う時に、僕はランゲの銀メッキのボーカルを使うわけです(ごくたまに)。
 また、コンチェルトを演奏する際にオーケストラによってピッチが非常に高かったりする場合があり、そんな時はプリ・ウォーのCCの一番を使っています。もっとピッチが高くて、とてもリード調整でカバーできない時は、0番を使います。0番のボーカルは新しいもので、ヘッケルのVCDEというボーカルです。材質はゴールドブラス、これに銀メッキがしてあります。なぜこれを使うかと言いますと、プリ・ウォーのCCの一番用に調整したリードで全く同じ感じで吹けるからです。
三木 最後に、まとめの意昧でボーカルの一般的な注意を。
田中

 ボーカルは、同じナンバー、同じ長さ、同じ材質であっても一本一本微妙に異なるということですね。特に先端の開きは一本一本違います。これによって様々な性格が出て来ます。ボーカルは非常に高価なものですから、何本も買って選ぶということはできません。またヘッケル社に行っても長期間はテストさせてくれません。がボーカルを選ぶ時には、できれば3、4番あたりから選んで行くようにした方が良いでしょうね。そのボーカルに一番合うと思われるリードを作ってみることが理想的です。

 リードが安定していない限りボーカルは選びにくい、これをはっきりわきまえておいて下さい。自分のタイプのリードが決まればボーカルのキャラクター、反応、性格を判断する目安ができますが、一定していないと較べることはできません。(もっとも製作上のミスで全く使えないボーカルもありますが)
 それと演奏の最中にボーカルを替えることは推められません。一本のボーカルをオールラウンドに使いこなすという − 《春の祭典》も《悲愴》の出だしも同じボーカルで吹けることが好ましいのではないかと思います。もしオケの中でボーカルを替えることが必要であるとしたらこれは僕個人の意見として、高い音のためにボーカルを替えるよりは低い音のppのために替えた方が良いと思います。というのも高い音は、普通に使っているボーカルである程度は出せなければいけないのでは、という考えを僕は持っているものですから……。上も下も、極限までひとつのボーカルで追求してみないと、ボーカルの可能性は分かって来ないのではないかと思います。

 以上をまとめますと、結局それぞれ違った人々が全く違ったボーカルで、それに合ったリードでそれぞれ素晴しい演奏をしているので、これでなければならないというものはなく、人それぞれに合ったポーカルとリードがあってそれに伴った奏法があるということですね。
 また、リードに合わせてボーカルを選ぶのではなく、ボーカルに合わせてリードを削らなければなりません。それに優先させるべきは本人の好みではないでしょうか。音色であれ、ボーカルの性能であれ、いろいろと違う人がいるというのはとても良いことではないでしょうか。世の中、みな同じじゃ面白くないですからね。(終わり)